2つの時計
家内の母から時計をいただいた。旅行のお土産ということで、
わざわざ気を使って買ってきたくれたのだ。昔、父親から時計
をやはり同じように海外のお土産だと言われて貰ったことが
あったが、それ以来何年ぶりだろう、家族に時計を贈られる
家内の母から時計をいただいた。旅行のお土産ということで、
わざわざ気を使って買ってきたくれたのだ。昔、父親から時計
をやはり同じように海外のお土産だと言われて貰ったことが
あったが、それ以来何年ぶりだろう、家族に時計を贈られる
以前、おみくじの効用について書いたことがあった。その時は「小吉」であったのだけど
とうとう誘惑に負けて、また例のお寺さんに行ってきた。
前回は、日が沈みそうな夕暮れで、お守りのお店も閉店、唯一、おみくじの自動販売機
だけが営業をしていたのだけど、今回はその反省からまっとな時間に電車にのりお山へ。
そもそも、これだけ連休が続けば、少しは生活のリズムも持ち直すというもの。
ちょうど本堂で護摩がたかれていたので、それを眺め、外国人の友達でもいたらこうした
儀式をみせてあげるのもいいなあなどと思いながら、知人の話にあった、おみくじのある
別のお堂に移動する。
そのお堂の仏様の脇に、たくさんの引出しのついた棚と、その前にくじをひくような大きな
木の筒が置かれていた。門前の出店にある占いのお店のようで、干支や生まれ年などに
従って、書かれた紙をとるような感じに見える。また自動販売機との格差も大きい。
戸惑いそこにいたおばさんに聞いてみた。
「これお寺のおみくじですか?」「外の自動販売機の同じですか?」おばさんは「ええ」と返
事をしてくれたが、あまり愛想というか商売気を感じない。ブルーのジャンパーを着ていたの
で、係りの方かと思ったら、お参りの方であって、白い紙を手に神妙な面持ちをされていた。
それでも丁寧に、引き方を教えてもらって、大きな筒を振って出た番号と同じ引出しにある
おみくじを1枚いただいた。お値段は100円。
結果は「大吉」、神妙な顔をしたおばさんとは対照的に笑みがこばれる。真面目にしていれば
いい結果が得られるといったことが書かれていて、以前の小吉に比べると、すこぶるいい文言
が躍っている。「鳳凰」なんてありがたい単語、前回はなかった。
ということで、しばらく「おみくじ」を引くのはよそうかと思う。生まれて初めて「大吉」を手にしたし
次に「凶」がでてもいやだし。ちなみに、以前引いた「小吉」を納めようかと持っていたけど、思え
ばそうした頑張りがあっての大吉であろうと考えなおし、納めずに家路につくことにした。
心の軌跡とまでは言わないが、一言ひとこと、仏様の言葉だとすれば、この身にあっても損はな
いだろうし、怒られはしまい。
合計200円と交通費往復2回分。昔、運だめしくらいにしか思えなく軽く考えていた「おみくじ」が
ずいぶん人を救っていることに気づかされ、不思議な気分になった。
「許す」ことは難しい。また「許される」ことも大変だ。その2つの行為に限界を
感じた現代人が、あきらめにも似た「癒し」を求めているように私は思う。幸いに
も容易で安価な「癒し」を提供してくれる消費社会も存在し「いい時代」でもある。
けれども私たちが味わった「癒し」が何をもたらしてくれただろうか。嫌な自分
に少し我慢をさせてくれるくらいであれば、ちょっと悲しい。
のどが渇いたと口を大きく開けるだけでは、いよいよのどはカラカラになる。
それより唇をかたく結び唾を飲み我慢することの方が凛として美しい。どうだろう、
唇を噛締めた後「許す」とそっと宣言してみたら。日々許しを請い暮らしてきた者
たちは、もっともっと「許される」ことに努めてみないか。
ひとりの個人として、気づくとも気づかざるをも問わず罪を積み重ねる私たちが、
「許し」「許される」ことに最大限の努力をした時、人間への深い信頼が生まれる。
人を信じる力は、貴方と同じ人間である私そのものを信じる自信でもある。
目を閉ざすことなく足元をみつめ、この世紀を生きよう。
中学3年生の夏。僕は1週間キャンプ生活を体験した。ボーイススカウトの
ジャンボリーと呼ばれる4年に1度開催される大会に参加したからで、全国
各地、または世界中から子供たち(だいたい中学生が中心)が集まっていた。
各都道府県でいくつかの小隊が作られる。隊の中には 6人くらいで構成する
班があって、このメンバーで日々のプログラムをこなしていく。
たまたま一番年長であった僕は、班長をしたのだけれど、すごくそのことが
貴重な体験を与えてくれたと思っている。
そのひとつが今回のオレンジジュースの物語。いろんな事を覚えているし忘
れていない。その中でも、強い印象を残している出来事のひとつ。
僕のいた隊では、面白いことをしていて、1日良く頑張った班には、翌日の
朝礼で表彰される決まりがあった。賞品は応援に来た人のお土産の残りで
あったり、手作りのウッドクラフトであったり色々であったけれども、買い物
(売店はあっても遠く、飲料水もすごい金額で売られていた)やテレビなど
の遊びが極端に乏しい中では、何かもらえたりすると結構うれしくて、また
競争心もあって、みんなまじめに頑張っていた。
何日間か悔しい思いをした後、前日の草刈を良く頑張ったということで、
僕の班が表彰を受けた。テントまわりのきれいさやアクシデントへの対応な
ど、評価の基準が生活のすべてなので、賞をもらうのは至難の業で、その分
すごくうれしかった。
その日の賞品は、配給でたまたま残ったオレンジジュース1つ。それを隊長
から手渡された時の感激の高まりはすごかった。紙パックに入ったオレンジ
色の液体がどどーっと、自分の乾いた肉体に飛び込むような衝動。自分の
表情を外から眺めるような冷静さはもちろんなかったけれど、あったとしたら、
きっと満面の笑みで「うれしい」と言っている自分を見たに違いない。
朝礼が終わると、その光景を見ていた指導者が「お前がそれを飲んだらリー
ダーではないよ」と言ってくれた。乾いた砂埃と草のにおいが広がる大地の
上に、白い雷が落とされたような言葉だった。
決して実際に飲もうとも思わなかったけど、誰に渡すかと考える余裕もなか
った。気分の中ではジュースを飲み干していたようなものだった。
そうしてようやく、僕は班のみなんなの顔を見ることが出来た。そのオレン
ジジュースは、色々と話し合って学年とか疲れ具合とかを考えて一番必要と
している友達の手へと落ち着いた。
彼があの後、ジュースを飲んだ姿を僕は見ていない。コップでみんなで分
ける方法もあったかもしれないけど、白い雷のショックで僕にはそこまでの
冷静な判断もまたなかった。
ただ言えるのは、あの時、気づかせてもらったことで、不器用ながらも大切な
ものを失わずにすんだように思う。昨日、今日出逢った人には理解はしても
らえないかもしれないけれど、まあ誰かの記憶の中で、僕が少し輝いていて
くれたらうれしい。
あの時の口に含む事のかなわなかったオレンジジュースが、僕の中では、
いつまでも一番美味しいジュースとして記憶していて、そういうものが本物の
甘露かもしれないと思っている。
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